もう二度と味わえないけれど、良くも悪くも忘れられない子どもの頃のあの味。みなさんもあるだろうか。
家族曰く、わたしは子どもの頃から本当に食い意地が張っていたらしい。それもあってか、思い出せる幼少期のエピソードと言えば食べもの絡みの話ばかりである。おいしかったものもおいしくなかったものも、五感と紐づいているからなのか、わたしがとんでもなく食いしん坊だからなのか、よく覚えている。
当時の情景や気持ちとともにあの味を思い出しては、その環境や人なども含めてもう二度と同じように味わうことはできないのだということも同時に感じて、どことなく切ない気持ちになる。仮に今、当時と全く同じ味を再現できたとしても、あの時の感情を味わうことはきっとできない。むしろ思い出に水を差す、野暮な行動になるかもしれない。
そんな切なくも大切な思い出の味を、再現するとかではない別の形で、大人になった今の自分が昇華し楽しめる方法はないか?と考えてみた。行き着いたのが、頭の中でその味を思い出しながら、その味に合いそうなお酒を選び飲んでみる、という方法。実際にペアリングするのとはまた違った楽しさがあるのではないだろうか。
わたしの食べものの記憶の中でも、特に印象深く、実際に再現するのも難しそうなものを3つピックアップして、お酒と合わせてみた。今回はワインを。
まず1つめ。
「お茶っ葉の天ぷら」
わたしは小学校2年生まで埼玉県の入間市に住んでいた。お隣がお茶で有名な狭山市ということで、学校の行事でお茶摘み体験があり、わたしが摘んで持って帰ってきたお茶っ葉を母が天ぷらにしてくれた。もはや30年くらい前の話だが、これが当時のわたしにとって衝撃的なおいしさだったことを覚えている。
苦味のある食材自体がおそらく人生初めての体験で、サクッと軽い食感とほろ苦さに、こんな天ぷらがあるのか!と感動してたくさんおかわりした。それ以降、すっかり気に入ってしまったわたしは「お茶っ葉の天ぷらが食べたい!」と毎日しつこく駄々を捏ね続け、母が最終的に「お茶っ葉はスーパーに売ってないって言ってるでしょ!!」と激怒していたことも、今思い返すと微笑ましい。
いつかまた食べたいなあ、春にお茶の産地へ行けば食べられるかもしれない、などと考えてみるけれど、あの感動を上書きしてしまって良いのだろうかとためらう気持ちも捨てきれず、今に至る。
合わせるお酒はこちら。
「Budoutoikiru Primeur 2023 type-1」日本

日本のワインというと山梨や長野などの東北地方や北海道が多いイメージだが、このワインの造り手は山形県の葡萄を使用して三重県で醸造している。
天ぷらの軽いサクサクとした食感やオイリーさをすっきりとさせてくれるという点で、軽やかな発泡性のワインが合うと思い選んだ。また、お茶っ葉というまさに日本ならではの食材には日本ワインを合わせてみたいと思った。
このワインはきゅっとした酸味がありながらもハチミツのような甘み、花やすもも、梅のような香りが漂う。さながらハチミツレモンソーダや、ハチミツを入れた梅ソーダのようにも感じる。
あのお茶っ葉の天ぷらを頬張りこのワインを飲めば、天ぷらの油をワインがしゅわっとさっぱりさせてくれつつ、お茶っ葉の苦味とワインの和のフルーツのような果実味がよく合いそうだ。
子どもの頃にも増して、おかわりをしてしまいそう。
次に2つめ。
「甘ったるいクリームシチュー」
1つめと3つめはおいしかった思い出なので、2つめはあえて、おいしくなかった思い出を。
子どもが好きなメニューとして人気が高いクリームシチューだが、大人になるまでずっと苦手だった。というのも、当時の実家のシチューはとにかくまったりしていて甘かったからだ。甘いものよりしょっぱいものの方が好きなわたしは、「こんな甘いおかずでメシが食えるか!」と子どもながらに憤りを感じていた。
頼むからシチューは夕飯に出さないで欲しいと母に懇願したり、それでも出てきた場合はこっそり醤油や麺つゆをかけてやり過ごしていた。
大人になってから、同じシチューのルウでもメーカーやブランドにより味わいが全然違うことや、甘くないシチューも存在することを知り、ようやくおいしいと思えるようになった。
前述の通り食い意地が張っていたので好き嫌いはほとんどなかったが、メジャーなメニューなのに明確に苦手だったので、とても印象に残っている。
あの時散々文句を言っていたが、母の愛情がこもったクリームシチューを食べるということのありがたみや尊さに、大人になった今ようやく想いを馳せられるようになり、当時の母の気持ちを考えて切ない気持ちになるのだった。
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「ラパテル・ブラン2019」フランス

2019のヴィンテージの白ワインだが現行品。しっかり熟成してから販売するのがこの生産者の特徴だそうで、それを聞いてあのクリームシチューに合いそうだと思い決めた。クリームシチューというと樽の効いたシャルドネが合いそうなイメージだが、それだと王道すぎてつまらない。かつ、わたしが合わせるのは、あの甘ーいシチューなので、もっともっと濃密なものがいいと思った。
飲んでみると、ワインの色合いの通り、とろっとしたテクスチャーに熟した濃密な甘い香り、ハチミツ漬けにしたりんごのような甘やかなフルーティーさを感じる。シチューのもったりした舌触り、舌に残る強い甘みと、このワインのとろりとした甘い味わいが一体となって、まるでスイーツを食べているような感覚で楽しめそうだ。
最後に3つめ。
「おばあちゃんちのハンバーグ」
わたしの祖父母は栃木県の田舎の方に住んでいて、夏休みや冬休みには毎回いとこや弟妹たちと一緒に帰省していた。
おそらく量産しやすく子どもたちも好きなメニューということで、祖母がよくハンバーグを作ってくれた。
玉ねぎがしゃきしゃきとしていて、大きくて食べ応えのあるハンバーグ。そこに、地場のスーパー限定のステーキソースをかけるのがみんなのお気に入りだった。そのソースは、すりおろした玉ねぎやにんにくなどの香味野菜を醤油で煮たような味わいで、さっぱりしながらも肉のおいしさが引き立ち最高においしかった。いつもそのソースを大量消費するので、祖母がまとめ買いしてくれていた。
中学校に入るくらいにはもう売られなくなり、二度と食べられないことを知ってかなりのショックを受けたことを覚えている。わたしたちも大人になるにつれ帰省するペースが減り、祖父母の家で夕食を食べたり泊まることもしなくなった。今では祖父が体調を崩して祖母が老老介護をしており、お見舞いに数時間滞在してさっと帰るような状況だ。あの頃のようにみんなで食卓を囲み、ハンバーグを食べることはきっともうないのだろう。
わたしはまだ子どもはいないし、今後ももつかどうかも分からないけれど、自分がしてもらったように、誰かの記憶に残る食卓の思い出を作ってあげたいなと思った。
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「トゥーラ・ティント」ポルトガル

以前佐賀の唐津のレストランに訪れた際、そこの女将さんが「ポルトガルと日本は同じ緯度だから、とれる食材の味わいがなんとなく似ている気がしているんです。だからポルトガルのワインも日本の食材に合うんじゃないかと思って、うちのお店では多く置いていますね」と話していたことを思い出し、ポルトガルのワインを手に取った。
このワインは、不思議と鰹や昆布の出汁、醤油のような香りがするように思う。後味にはイチゴやブルーベリーのようなきゅっとした酸味のあるフルーティーな味わいが残る。まさにあの、玉ねぎの食感が残るハンバーグと、醤油と香味野菜のソースが本当にぴったりと合いそうだ。というかもはやあのソースはこのワインのような味だった気すらしてきた。このワインの軽い酸と飲み口が、ハンバーグの油をすっきりさせてくれつつ、ソースの味わいと同化し引き立てる。いくらでも飲めそうだ。
今回は3つの組み合わせを試してみたが、他にもまだまだ思い出の味があるので、家族や友人と思い出話をしながらやってみるのも面白そう。食べものの話って、その人のルーツをうかがい知ることができるから、より仲良くなれる気がしている。みなさんの話も、ぜひ教えて欲しい。
最後に、わたしがあの頃をなんとなく思い出す、そんな音楽を。
今日はこれを聴きながら、あの味を肴にワインを飲みたいと思う。
プレイリスト(Spotify)
01.Hello,my friend / 松任谷由美
02.やさしさに包まれたなら / 荒井由美
03.時には昔の話を / 加藤登紀子
04.渡良瀬橋 / ハンバートハンバート
05.ひこうき雲 / ハンバートハンバート
06.いのちの名前 / 平原綾香
07.近道したい / 須賀響子
08.風になる / つじあやの
09.君に逢いたくなったら… / ZARD
10.そばかす / JUDY AND MARY
11.Hello,Again〜昔からある場所〜 / My Little Lover
文・セレクター: Yuka Saitoh(ソムリエ)