音楽と私の切ないエピソード

 れは確か10年以上前のこと。当時子育て真っ最中だった私は、日曜夕方のNHK Eテレで放送している「ニャンちゅうワールド放送局」という番組を子供達と一緒に観ていた。ネズミが好きすぎるあまりネズミの着ぐるみを被るニャンちゅうというキャラクターが、歴代のお姉さんと共に独自の視点で世界のさまざまな情報を紹介する、幼児向けの人気番組。その中のコーナーで、当時まだサケロックとして活動していた星野源がニャンちゅうと一緒に歌っている「せつないのうた」という曲があった。

"おやすみのひのゆうがたに それはいつもやってくる あしたみんなにあえるのに やってくるんだ せつないが せつない せつない せつない せつないってなんだ?"

 切ないってなんだろう。そういえば考えたこともなかった。寂しいとは違うその気持ち。例えば電車に揺られながら窓から見た景色。友達の車でどこかに向かう時。誰かと別れて1人きりで歩く帰り道。思い返してみると、切ないと感じるシチュエーションは夕暮れ時が多い気がする。ただ1日の終わりを噛み締めているからだろうか。いや、多分それだけではない気がする。何かが静かに移り変わっていることに気づいてしまうからだ。目の前の風景や自分の心はゆっくりどこかに向かっていて、今こうしているあいだにも少しずつ変化していく。前に進んでいることを実感しながらも、もう戻れないやるせなさとの狭間で取り残されそうになる瞬間が「切ない」なのかもしれない。と、そんなことをぼんやりと考えた。

 果たして音楽はどうだろう。曲を聴いて「切ない」と感じる時、初めて聴くのに懐かしいような、不思議な感覚になる。涙が溢れてくるほどの大きな感動や、価値観が変わるくらいの強い衝撃ではないけれど、胸の隙間にすうっと入り込まれるような、なんとも言えない感情が訪れる。そして美しい音楽は情景と重なり合っておぼろげな記憶となり、頭の片隅にいつまでも残る。何十年も前に聴いた音楽が、昔に見た風景やその瞬間の感情を蘇らせてくれるのだ。私は今も時々日曜日の夕方になると、テレビで観たあの歌のことや、いつか見た茜色の空とその時ラジオから流れていた音楽のことなどを思い出して、ふと切なくなる。あの日、家事の手を止めて「切ないってなんだろう?」と思いふけった時間はもう過ぎ去ってしまったけれど、いつでも音楽は戻れない場所に私を連れて行ってくれる。


プレイリスト(Spotify)
文・セレクター: 大久保祐子(音楽ライター/DJ)

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