私の心揺さぶられた体験

 れは確か15、16歳の頃、『夜のヒットスタジオDELUXE』でスザンヌ・ヴェガを見た。小学生から中学生まで野球やプロレスに夢中だった私は、年齢を重ねるにつれていつの間にか音楽を熱心に聴くようになっていた。学校もつまらない、家でも家族にムカつく。そんな典型的な思春期・反抗期の自分にとって、音楽が心の拠り所だったし、テレビで見る音楽番組は生活の糧になっていた。特に、毎週水曜日の生放送『夜のヒットスタジオDELUXE』には、たびたび洋楽アーティストが出演しており、世界どころかまだまだ世間も知らない田舎暮らしの少年にとっては、数少ない楽しみのひとつだった。当時はハードロック・メタルブームの名残があって、ラットやボン・ジョヴィといったLAメタルのバンドがよく出演してライブを見せていた。たとえそれがあてぶりだったとして最高にカッコよかったし、憧れの存在として目に焼き付いている。そんな、どちらかというと能天気なロックバンドが好きだった10代の自分にとって、音楽の聴き方の転機になった曲が、スザンヌ・ヴェガの「ルカ」だ。

 「僕の名前はルカ 2階に住んでるんだ」と歌い出すこの曲は、「児童虐待」について歌っている。来日して『夜のヒットスタジオDELUXE』に生出演したスザンヌが歌う前に、司会の古舘伊知郎がそう曲を紹介したことで、そのことを知った。彼女がアコースティック・ギターの優しい音色を中心とした柔らかい演奏と共に歌い出すと、テレビ画面には歌詞が映し出された。強く激しく訴えるわけでもなく、滑らかなメロディに乗せて淡々と歌っていくスザンヌ。終盤、「Just don’t ask me what it was」(何があったのか訊かないでほしいんだ)と繰り返し歌うサビのメロディが帰結せずに、再び「ルカ」が自分の身に何が起こっているかを歌うくだりに、一瞬だけ感情が露わになる気がして、心がギュッと締め付けられた。自分がそうした経験をしていたわけではないし、身近にそういう社会問題があったわけじゃない。ただ、音楽によるメッセージが胸に突き刺さった初めての曲が、「ルカ」だった。そしてそれを日本語訳の歌詞でしっかりと届けた音楽番組の気骨のある姿勢には、今もおおいに影響を受けている。


プレイリスト(Spotify)

文・セレクター: 岡本貴之(音楽ライター)

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