曖昧にしたいことばかり

撮影 前康輔
 の身体というのは不思議なもので、気温の上昇や運動によって体温が上がると、汗という液体で身体の表面を濡らし、気化熱を利用して体温を下げようとする。体内の水分が足りなくなれば、喉の渇きを感じさせるし、そもそも意識せずとも心臓が休みなく動いていることだってよく考えてみるとまるで魔法みたいで、すごい力を備えているものだなぁと感心する。太陽の動きに合わせて向きを変える若い向日葵のような、自然の力。宇宙の不思議。

 そして、悲しい出来事や、嬉しい出来事など、感情が大きく動くことが起きた時には涙が出るように作られている。涙によって視界を曖昧にし、心を動かしすぎる大きな出来事を直視しないようにする自然の仕組みなのではないかと僕は勝手に思っている。科学的根拠について調べてはいないのだけど……。悲しすぎても、嬉しすぎても、とにかく感情が忙しすぎるので、理にかなっている。うまくできているものだなぁと思う。

 僕は訳あって、自分の子供たちと離れて暮らしている。2年ほど前、結婚18年目にして僕は妻に離婚を切り出した。理由なんてあるようでないような、積もり積もったものではあるので、どちらも悪くない。いやどちらも悪いのか。まあよく17年以上も続けられたものだ。お互いよくやったと思うし、もう別れましょうという気持ちだった。子供たちのこともあり、円満離婚できるように慎重に進めようとしていた、そんなある日、中学生の息子と小学生の娘を連れて妻が消えた。子供達と連絡もつかない。実子誘拐というやつである。ぎゃー!時々聞くやつ、友達もなんかやられてた、そうか、それやるのか。。やるよね。。ずるいなぁ。。と思いながらすぐに弁護士を入れてやり合ったのだが埒があかず、今の日本では泣き寝入りするしかないとのこと。これまた宇宙の不思議。

 なんとか子供達とのLINEは元通りに復活し、その後息子には3回会うことができた。娘には会えていないけど、時々LINEで会話をし、誕生日や父の日には連絡をくれるし、会いたいなぁと思いながらも、あまり本人たちに会いたいと言うのも負担になるだろうから、グッと堪えて言わないでいる。それでも楽しく過ごすしかないので、友達を呼んで慣れない料理をしてみたり、久しぶりの自由気ままな独り暮らしを楽しんでいる。

 毎日を比較的楽しく、自由に過ごしているのだけれど、ここしばらくは音楽を聴きながら涙が出てしまうことが何度かあった。お恥ずかしい。それはもちろん感情が大きく動きすぎないために身体が反応しているのだと思うけれど、音楽は基本的には耳から(振動という意味では全身で無意識に感じていたりもするのだけど)入ってきているので、涙で目を濡らして視界をぼんやりとさせたところで、残念ながら情報が遮断されることはなく、感動に値するその音を、真っ直ぐに受け入れるしかないのだ。くぅー!聴きたくないのに聴くしかない。情けなくも泣きながら、涙で滲まない音楽を聴いている。いつか子供たちが大人になり、それまでのことを話す時が来たら、お父さんはこんな曲を聴いていたんだよって伝えたいような、伝えたくないような、そんなセンチメンタルプレイリスト。

プレイリスト(Spotify)
01.Jonah Yano / shoes
02.坂本美雨 / かぞくのうた
03.坂本龍一 / Aqua
04.Lord Huron & Allison Ponthier / I Lied
05.Joni Mitchell / A Case of You
06.森山直太朗 / papa
07.Jon Batiste / It Never Went Away
08.The Cranberries / Dreaming My Dreams
09.Jeff Buckley / Hallelujah
10.Last Days / Fidra



文・写真・セレクター: 前 康輔(写真家)
http://kosukemae.net
https://www.instagram.com/kosukemae/

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